結社「繭」創設宣言
長い平成が終わり、われわれは歴史の新たなる局面を迎えるに至った。われわれの言うところの「平成」なる時代とは、いまより遡ることおよそ半世紀弱に及ぶ一連の時期のことを指す。それはひとえに、中心なき時代であった。冷戦の沈静化と終結に伴う全世界秩序の再編成、経済成長の臨界到達、高度情報化社会の本格的な到来、そして大衆文化の席巻。こうした歴史の趨勢は、その必然の帰結としてわれわれからあらゆる普遍性を喪失させ、拡散した断片の集積としてのみ世界を把握することを許した。たどり着くべき楽園という幻影さえ知らぬ歴史の孤児であるわれわれは、なけなしのセンチメンタリズムを寄る辺に、無数の記号の群れが舗装した平坦な大地の上をあてもなく彷徨っていた。
『繭』は、こうした混沌のなかに生まれた。
われわれは既に、「形式」への志向のもと「反抒情」を掲げてかの「平成」との訣別を為した。これは趨勢せる歴史におけるひとつの輝ける到達点である。だが、そうした到達とはある種の平衡状態の再来を意味し、ともすればいずれ現れる新たなる何者かによりふたたび破られるのは必然というほかない。われわれはこのような循環的な歴史の運動からの脱出を望む。そのために、われわれはまず「反抒情」なる反措定を棄却する。抒情をも含めた、あらゆる自覚的な方法意識を包摂する「形式」それ自体を志向する。われわれは『繭』として、無数に拡散した意識を収斂する核をここに据える。
そしてわれわれはなぜこの時代に「本」を編むか。このような大命を得たわれわれにとってなによりも看過し難い目下の時代状況に、全世界的な情報技術化の加速がある。地上の万物は余剰を残さずデータ化され、表象のネットワークはわれわれの生の経験をその意味の過剰な多元化という素地のもとに包み込んだ。だが、われわれはかような没身体と記号消費の帝国主義に反抗し、現実の肉体の存在を志向したい。われわれのもつこの肉体こそ一義のものであり、それにより連ねられた文字は現実の美しき書物としてこの世界の領土の一端を占める。あらゆる文学形式、ひいてはあらゆる芸術形式に至るまで、われわれはそれらに内在する理念の最も顕現する形でそれらを美本として定立せしめ、世のあらゆる人びとの書架の秩序の一端となることを望む。
われわれは泣いている。世界が散り散りに分断され、そのもとで数えきれぬ断片たちが互いに際限なき争いを繰り広げているそのさまに。ことばははじめ、永遠の孤独の運命に身を置くわれわれに、いくばくかの救済をもたらすために生まれたものではなかったか。決して溶け合えぬ他者とおのれとの、ほんのわずかな結びつきという、まごうことなき奇跡を発生させるためにつくり出されたものではなかったか。われわれは、この悲しみを悲しみのままにとどまらせることを望まない。あらゆる島宇宙を横断し、相互に結びつける。すべてのことばたちが共存し、共鳴し、協働するための、われわれの肉体の現実に根ざすひとつの場を創始する。
いま、令和という新たなる時代が開けた。
われわれは結社「繭」を創設する。
令和8年5月25日
「繭」主宰 坂野徹夫